山田淳也の実験「二重のゲーム」の記録

ちゃんと自分の感覚から想像すること。そしてその想像が常に立体化されるように、違いを無理に合わせることではなく、違いを意識するように他者と想像をすり合わせてみること。あなた の想像する世界と、私の想像する世界をすり合わせてみて、そのイメージを多面的で立体的なものにしていく作業が必要だ。


〈実験のきっかけ〉

手塚夏子の実験、合意のでっちあげに参加し、実験発表を行った。僕の発表は、僕の実験発表 と手塚さんのWSの同時開催をするはずだったが、僕の管理能力の低さから、企画制作がけっこ う難航し、結局手塚さんのWSだけ開催することになった。そしてその実験づくりWSの中で僕が 実験発表をデモンストレーション的に行うという事になった。


〈実験の前提となる問い〉

手塚さんは「合意のでっち上げ」ということばを明確に定義せずに、参加者の思う「合意のでっち上げ」をもとに実験を作るというふうにしていたので、僕も自分なりに思い当たることを探した。そ の結果感じたのは、「合意のでっちあげ」とは、気づかないうちに意思決定をしてしまっている状況と、その状況に気づかないように人々の気を散らす操作自体のことなのではないかと考えた。 インターネットが登場し、SNSが出てきて人は自分の声を表明しやすくなった。それは確かなこ とだと思う。だけど同時にSNSというのはひとつのプラットフォームであり、僕達の一つ一つの声 はその枝葉の一枚に過ぎないことになってしまった。すべてが横並びに消費されていく感覚。そし てその周りには大量のチープな娯楽的コンテンツの波が押し寄せてくる。真剣になって声を上げ るほど、冷めた疑いの目が向けられるし、熱くならなくても楽しめるように、何も考えなくてもいい ように娯楽的コンテンツはたしなめてくる。その感覚に随分前から気持ち悪さを感じていた。話し合わなくてはいけないことも、考えなくてはいけないことも、(特に僕達の若い世代かもしれない が)もうなんなのかわからない。考えさせないようにする力が強く、考えた気にさせて満足させる力も強い。政治的に重要な問題であってもインフルエンサーの意見がそのまま自分の意見に なってしまう人が多いと感じる。

この問いから実験を作った。


〈実験の設定〉


1)WS参加者でレクリエーションを行う。そのための意思決定を会議で行ってもらう。


2)まずチームに名前をつけてもらう。


3)次にリーダーを決めてもらう。それから役割をそれぞれ決めていってもらう。役割は、司会、会 計、設営がある。


4)資金が一万円あるので、どの役割にどの程度分配するかをチームごとに決めてもらう。 5実際にレクリエーションで何をするかを決めてもらう


このとき、前日のWSに参加していた二人の参加者にお願いしてサクラになってもらった。上記の実験の内容もこの二人と、手塚さんと話し合って僕の案を修正したものだ。 手塚さんを含めた三人はこの実験の中である目的を達成しようとする。それはレクリエーションの内容をビンゴ大会にして資金の一万円の一部を賞金と設定することだ。それが達成されれば三 人の勝ち。達成できなければ三人の負け。このようなルールでゲームはスタートするが、三人以 外の参加者はそんなルールなど知らない。そして、この三人と全体の進行をする僕は会議中、会 議の進行を妨害するノイズを誰にも気づかれないように差し込んでいく。



〈実際に行われた実験の様子〉

 最初、今からやることの説明をする際に、とても緊張した。隠さなくてはいけない情報があるとい う状況がとても緊張した。1)の説明が終わり、2)まで順調にすすんだ。自分たちが構築しようとし ている状況が現実になっていくときに、怖さと気持ちよさが感じられた。リーダーを決める3)の段階になった時に、なかなか決まらず、スパイの参加者が手を挙げる。仕掛け側の想定では、ここでは参加者の中で最も主張の強くなさそうな人をリーダーにし、怪しまれないようにするつもり だったが、話し合いが難航して埒が明かなくなったと判断し、手を上げたのだろう。 このあたりから、見えない妨害工作が始まる。例えば、窓を何回も開け締めする、ラインがペコ ペコ鳴る、鉛筆を電動鉛筆削りで削る、などだ。やっていくのはいいが、参加者にどの程度影響 を与えられているのか、目に見えないので怖くなってくる。 リーダーとともに役職を決めていくが、ここではまだお金を分配するという情報を公言していな いので、誰も警戒せずになんとなくの立候補制で役職を決めていく。仕掛ける側チームは一人は 会計、もうひとりは設営に分散する。ここからはチームごとに意思決定していくので、それぞれの チーム内に一人はスパイがいたほうが都合がいい。 資金の分配の段階で、すでにレクリエーションの内容をビンゴにして賞金を出したいと思っている仕掛け側は設営に1000円分多くお金をかけるように仕向ける。それから実際にレクリエーションで何をするかの議論に入っていく。競争するゲームが盛り上がるのではないかと、気づかれないように誘導していく仕掛け人たちの期待をいい意味で裏切るように、参加者の中からビンゴのアイデアが出てくる。そして設営が余分に多くもらったお金を賞金にしたらいいんじゃないか というアイデアも参加者の中から出てきた。


〈フィードバック〉 

 最初の説明で山田が緊張していたのでなにか仕掛けがあるのはわかった、という参加者はい たが、仕掛け人がいて、さらにノイズを発生させていたことに気づいた人はいなかった。ノイズに 対して違和感を抱いた参加者はいた。 種明かしをしてから、怖く感じたという参加者は多かった。そもそも議論を誘導されていたという 事実が怖かったようだった。 もっと思考を削ぐ何かを自然に用意できたらよかったという意見が出た。


〈実験を終えての感想〉 

 ちゃんと対面でやる形での実験を作るのはこれが初めてだったが、作るのにコツというか、ある 種の技術が必要かもしれないと感じた。実験を作る作業とは、見えない支配の構造を感覚を頼り に言語化し、構造を暴き、それを自分が他者に試行してみるような作業だ。構造を暴くこと、そし てそれを集まった人に試行する作業がとても難しい。また、一番最初、まず違和感を見つけるということをするが、自分の感じる違和感を正確にキャッチする内発性の動機へと潜っていく時間 が特に難しく感じた。それはきっと疑問をもつこと、違和感を抱くことへのモチベーションを、私達 がかなり抑制させられているということなのだろうとも思った。この事態は、構造的にそうなってい るのか、誰かの意図が関与しているのかわからないという点にたちの悪さがあって、黒幕の影を 疑い続けて、怯え続けなくてはならなくなる。でも誰も抵抗の術を知らないから、どんどん違和感 に目をつむって、目先の刺激を追い求めている。そういう時代なのかもしれない。新型コロナウイルスの感染があってわかったことは、人はみんなで信じるものを欲しているということだった。マスクにどれだけの効果があるのか、正確にわかっている人は身近にいないが、 信じられる情報源が「効果がある」といっていたり、みんなしているから、ということで共通の行動を取る。そこに全体主義的な空気が容易に出来上がる様子を目の当たりにした。信じられる情報源、といってもそこには倫理とは別の、資本という粘着質の原理で作動する世界の原理が絡みつ いている。

この文章は2023年5月に書いているが、最近私の身の回りに咳がひどい人が多く出ており、 風邪かなにかの新種の病気が流行っているのかもしれない、と直感的に感じる瞬間があった。で もテレビでは何もそんな報道はない。なら大丈夫なのか、と安心した。そこで、はっ、と気がつい たのは自分がいかにメディアに依存した思考方法をしてきたのかということだった。メディアに出 回る情報が正しく、体感で感じることは後回しにされる。また、体感で違和感を感じたとしてもそれ が行動に結びつくことはなく、消えていく。メディアによって共通の世界像を持つことになった私達 だが、本来は自分の体感で、自分の思考で、自力で生きる道を選択して生きていく存在なんだと感じた。世界をどう感じる?今、あなたが、私が想像している世界は実は存在しないかもしれな い。世界はもっと最悪かもしれないし、もっと最高かもしれない。

メディアは世界を私達が想像しな くてもいいようにヴィジュアルイメージを届けてくれる。でも、今必要なのは、多分ちゃんと自分の 感覚から想像すること、そしてその想像が常に立体化されるように、他者と想像をすり合わせて みる(違いを無理に合わせることではなく、違いを意識するように)ことなのかもしれない。あなた の想像する世界と、私の想像する世界をすり合わせてみて、そのイメージを多面的で立体的なも のにしていく作業が必要だ。依存させてくるものたち(資本の原理に絡め取られているものたち) は常に私達のイメージを操作する回路に接続してくる。この回路を切断し、自分に固有のイメー ジを確かに持ち、汚染されにくいであろうフィジカルなコミュニティを持っておくことが、現代におけ る抵抗になると思う。


〈まとめ〉 

 実験をつくるのが初めてだったこともあり、そして実験の自由度もあってかなり難しいと感じることもあった。実験の作り方を、方法としてわかりやすくしていく努力が必要かもしれないが、あまり限定しすぎて可能性が殺されるのも嫌だ。ここは難しいラインだと思う。でも、ワークショップを通 してみんなで見えないなにかに意識を向ける形のない作業は初めて体験した。

なにかに意識を向けること、この原理をダンスだけでなく、芸術だけでなくもっと色んな所に使っていくことができ そうだ。 

 また、自分のクリエーション内で、手塚さんが過去に創った実験を参考にして新しい劇作を試みる、などのことも試してみたが、かなりおもしろいと感じている。

実験がスコア化され、アーカイブさ れていくこと、そしてそれを配布していくことで単に読み物として、また、新たな作品の構成要素と して使われていくことは、言語を作り直し、歴史を編み直していく実践にもなるかもしれない。

私は 今、この方法に現在の社会と芸術の停滞を吹き飛ばす可能性を感じている。この論については これからまた実践を踏まえて編んでいこうと思う。

「合意のでっちあげ」に関する実験WS

ノーム・チョムスキー著「メディア・コントロール 正義なき民主主義と国際社会」という本の中にある「合意のでっちあげ」という言葉をキーワードにした実験作りWSのホームページです。

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